鹿児島地方裁判所 昭和28年(わ)83号 判決 1958年3月14日
被告人 上野義行
主文
被告人を懲役三月に処する。
未決勾留日数を右本刑に満つるまで算入する。
訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は
第一、昭和二十七年七月二十三日頃日置郡伊作町中原二、六〇五番地知覧盛孝方で、返還の意思がないのにあるように装つて、同人に対し「傘を湯之元から持つて来ますから一寸自転車を貸して下さい」と嘘を言つて、同人をしてその旨誤信させ、よつて即時同所で同人から中古自転車一台の交付を受けて騙取し
第二、同年八月一日頃水俣市丸島町二、一三四番地坂本己之助方でその事実がないのに同人に対し「坂本仙吾さんから金を三千円ばかり貸して貰つて来るように頼まれて来ました」と嘘を言つて、右坂本己之助をしてその旨誤信させ、よつて即時同所で同人から現金二千円の交付を受けて騙取し
第三、同年八月三日頃阿久根市折口二、四二八番地坂本仙吾方で、同人より使いを頼まれたのを奇貨として、自転車を持ち逃げしようと企図し、同人に対してその旨を秘して自転車を持ち帰つて来るものと同人をして誤信させ、よつて即時同所で同人から中古自転車一台の交付を受けて騙取し
第四、同年八月十九日頃の晩熊本県宇土郡網田村赤瀬所在千鳥旅館階下客室で、宮本静馬所有の現金約八千円を窃取し
第五、同年八月二十日頃その前日頃に右宮本静馬から預つていた同人所有の腕時計一個を擅に右千鳥旅館から福岡県下に拐帯逃走して横領し
たものである。
(証拠の標目)(略)
(累犯加重の事由たる前科)
被告人は本件犯行前五年以内において、
一、昭和二十一年六月三日熊本区裁判所言渡、同日確定、詐欺罪、懲役三年
二、同二十四年十月七日熊本地方裁判所言渡、同年同月二十二日確定、詐欺罪、懲役二年六月、確定未決勾留四十日算入
の刑に処せられ、いずれもその頃刑の執行を終了したことが、前科調書、熊本区裁判所及び熊本地方裁判所の右各裁判を記載した公判調書の抄本各一通並に被告人の当公廷における供述によつて明かである。
(量刑の理由)
被告人の判示犯行中被害の回復しているものは判示第一事実の詐欺罪のみであり、且前掲記の如き前科を有しながら本件犯行を敢えて犯したものであるから固よりその犯情決して軽からざるものがある。更に又、被告人は尿毒性の疑があつた為本件起訴後約三ヶ月にして勾留執行停止決定を受けて釈放されたところ、その後所在をくらまし、熊本において詐欺を働き、而も熊本地方裁判所の審理を受くるに当つては本件が鹿児島地方裁判所に繋属中であることを秘匿していた為、同地方裁判所において右熊本で犯した中古運搬用自転車一台の外金四千円及び金千五百円の三回に亘る詐欺罪のみについて昭和二十九年五月七日に懲役二年の言渡を受け、同年五月二十二日に確定し、その頃その刑の執行を終えたものであることは、本件記録特に前科調書、熊本地方裁判所の右裁判を記載した公判調書の抄本並に被告人の当公廷における供述によつて認められるところである。然しながら、右懲役二年が言渡された判決について考えるに、若し被告人が秘匿していた本件各犯罪事実が当時同地方裁判所に判明していて、これと併合して審理されていたとしたならば、果してどの位の刑期に処せられたであろうかと推測すると、おそらく懲役二年以上二年六月の範囲を出でなかつたのではないかと思われる。何となれば、固より被告人には前掲記の如き法律上累犯加重をなすべき前科二犯を有していたものではあるが、右判決においてもその前刑たる懲役三年及び懲役二年六月の数字に敢えて拘束されるところなくこれよりも軽い懲役二年を言渡したのは、蓋し、累犯をもつて必要的加重の事由とする刑事思想にとらわれなかつたものであろう。累犯加重の問題については、既に昭和十五年改正刑法仮案の第七六条において累犯をもつて任意的加重事由と規定している程に、累犯をもつて常に加重事由となす実質的根拠は時代の変遷につれてその合理性乃至実効性を失いつつあるものである。されば本件各犯行が右熊本地方裁判所の判決当時に判明していたとすれば、先づ懲役二年六月程度の言渡があつたものと推測することが妥当であると考えられる。又仮りに然らずとするも、被告人の右懲役二年の懲役後の行動状態等を見るに、被告人は故郷に帰り連子二人を有する婦女を妻として一戸を構え、傘製造の商売に努力し、ひたすら改悛して更生の道に入り、今やその努力が部落の者にも認められ、本件の為突然再び勾留されるに及んでは、部落の有志者多数が挙つてその寛大なる処分を嘆願する程にまで更生の実を挙げるようになつたのである。このことは、当公廷における証人清水義諄の証言及び嘆願書二通によつて十分認められるのであるが、由来被告人の如き前科四犯、それも比較的長期の刑に服した者としては相当稀らしい事実であると思われる。更に又考慮せねばならぬのは、今日は本件犯行後より既に六年有余を経過し、起訴後からも五年有余を過ぎ、その犯行前の前掲記二の前科の刑執行後よりしては六年有余を過ぎて居り、若し現行刑法が昭和十五年改正刑法仮案第九六条第一項に規定された如き前科の存在を執行猶予の排斥条件とすることを徹廃した法律に改正されていたならば、これ等の情状により被告人は本件について形式的にも実質的にも執行猶予を受け得られる可能性があると認められるのであるが、現行刑法第二五条第一項第二号に規定する「前ニ禁錮以上ノ刑ニ処セラレタルコトアルモ其執行ヲ終リ又ハ其執行ノ免除ヲ得タル日ヨリ五年以内ニ禁錮以上ノ刑ニ処セラレタルコトナキ者」の所謂前刑とは本件判決宣告の日を標準とすべきものであると解されるのであるから、現行刑法では被告人を本件について執行猶予することは到底許されないのである。そこで上述の如き情状を斟酌して、本件犯行に対する被告人の刑事責任の量を懲役三月と定め、且又未決勾留日数をもつて右本刑に満つるまで算入することが折角更生せんと努力しつつある被告人に法の非情を恨らむことなからしめ、又刑政の目的を達成する所以にも合致し、現行刑法上許された適当な処分であると認められた次第である。
(法令の適用)(略)
よつて主文のとおり判決する。
(裁判官 田上輝彦)